孤独な散歩者の夢想

アクセスカウンタ

zoom RSS 夜の調べ ― ゴッホ

<<   作成日時 : 2009/04/25 19:32   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 133 / トラックバック 1 / コメント 2

小林秀雄はその『近代絵画』のゴッホの章で、ドイツの哲学者ヤスパースが1912年にケルンで開催された展覧会(内容は不詳ですが)でみたゴッホの絵について述べた文章をひいています。
「ゴッホの驚くべき傑作とともに陳列された全ヨーロッパの千篇一律な表現派の作品を見ながら、狂人たらんことを欲して余りに健全なこれらの多数者の中で、ゴッホだけが唯一人の高邁な、自分の意志に反しての狂人であるという感を抱いた。」
ここで「表現派」と言われた絵画がどんなものだったか――おそらく20世紀初頭の表現主義絵画でしょうか――はわかりませんが、ヤスパースと自分を並べるのは申し訳ありませんが、ボクにも似たような体験をした覚えがあります。

ちょうど十年前になりますが、「オルセー美術館展1999―19世紀の夢と現実」という展覧会が東京と神戸で開催されました。日本で人気の高い「印象派」の殿堂オルセーの名品がずらりと並べられ、ボクが行った時も大勢の人でごったがえしていました。そのとき「人間と自然」というサブテーマで出品されていたゴッホ作品が「星降る夜、アルルLa nuit étoilée, Arles」でした。人の波に乗っていずれも有名な画家たちの絵を見ていったのですが、このゴッホの絵の前に立った時、比較的小さな絵であるにもかかわらず、他の絵とはまったく違った存在感を感じたのです。それは、「この絵だけが、本当に真面目に真剣に描かれたものだ」という感じでした。ヤスパースの言葉とつなげれば、ゴッホだけが自己の内なる、やむにやまれぬ必然(それが狂気と呼ばれるものだとしても)から描いている、という。

画像


この絵が描かれたのは、ゴッホ35〜36歳のアルル時代です。パリでの多彩な画家たちとの交流の中で色彩に目覚めたゴッホは、温暖な気候と豊かな陽光を求めて南仏のこの地にやってきました。ここで、有名な「ひまわり」の連作など、ゴッホの代表作とされる強烈な色彩を用いた傑作群が生まれます。その一方で、ゴッホは夜の戸外の風景を描くことを試みます。その代表作の一つがこの「星降る夜、アルル」です。空には北斗七星(まさか北斎の北斗信仰とは関係ないでしょうが)が他の星々を従えるように横たわり、それに対応するように、川面に街の灯を映したローヌの流れが大きくゆるやかなカーブを描いています。右下に小さく描かれた寄り添う男女が、この絵に暖かさを添えているようです。

このような夜景、それも夜空を主体にした絵を描いた画家というのは、とりわけ日光の効果を追求した印象派の時代にあっては、きわめて特異な存在と言えます。西洋の絵画史をみても、夜空を風景として描いた絵というのはきわめて少ないのです。闇と光のコントラストが好まれたバロック時代には、ドイツの画家エルスハイマーのような人(「エジプトへの逃避」)こそいましたが、ボクの知る限りではその後、夜景を描いた画家は、同じくドイツのフリードリヒや、印象派の世代ではイギリスで活躍したホイッスラーくらいではないでしょうか。もっとも、ゴッホが手本と仰いだバルビゾン派のミレーに星空を描いた絵(「星の夜Nuit étoilée」)がありますが、ゴッホにこの絵を目にする機会があったかどうかはわかりません。

ゴッホがアルルで夢見た芸術家の共同体の誘いに応じてやってきたのはゴーギャンでした。しかし、ゴーギャンとの共同生活は2カ月も経たないうちに破綻をきたし、クリスマスを目前にして有名な耳切り事件で無残にも幕を閉じます。肉体と精神に深い傷を負ったゴッホは、翌年の5月に、アルル近郊サン=レミにある精神病院に自ら入院します。それからゴッホ最期の地オーヴェール=シュル=オワーズに移るまでの1年間ほどの間に、有名な糸杉をあしらった2枚の<星月夜>が描かれています。

画像

画像


1枚目の「星月夜Nuit étoilée」は、先のローヌ川を舞台にした絵よりも写実性が減じ、より象徴的(?)な画風になっています。大空の渦巻きなど、ゴッホの筆致はダイナミックですが、全体的な構図にはバランスが感じられます。また前作が「ロマン的」だとすれば、こちらは「メルヘン的」といえるように思えます。空には月に負けじと輝く星々が配され、大地も空も、そして両者を結ぶ大きな糸杉の木も、すべてがうねるような大きな流れの中に息づいています。

サン=レミを去る直前に描かれたという「糸杉の道と星空Route avec cyprès et ciel étoilé」の方は、先の絵のようなダイナミックな筆致ではなく、細かな線のモザイクのように描かれています。道には二人の男や馬車に乗った二人連れ、あるいは灯りのともった家などが見え、また糸杉の幹が二本あるなど、他者との関係性における和解を表しているという指摘もあります。しかし、ボクにはこの絵は全体的に歪んでいる(あるいは揺らいでいる)ように見えるのです。そして、一本の糸杉で分断された画面には、それぞれ月と、月以上の耀きをみせる異様な大きさの星(真夜中の太陽!?)が配されて、夢の中のような強い非現実感が漂っているように思えます。

この絵を描いてオーヴェール=シュル=オワーズに移ったゴッホが、ピストル自殺を試み、その傷がもとで亡くなったのは、それから2カ月足らず後のことでした。

                        La nuit étoilée, Arles par V. van Gogh

画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 133
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた 驚いた
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い 面白い
かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい かわいい
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
エアマックス 2013
夜の調べ ― ゴッホ 孤独な散歩者の夢想/ウェブリブログ ...続きを見る
エアマックス 2013
2013/07/10 05:49

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
鳰の湖様 こんにちは 
夜の調べーゴッホの 「星降る夜 アルル」の絵画を初めて見させていただきました。ゴッホの他の絵はよく見るのですがこの絵を見てふと、貴前記事「孤独の調べー光厳院」の(ともしび)の和歌、六首を思い浮かべました。なにか時代を超えて光厳院とゴッホの二人が同じ物?(灯火 or自魂・ のような)内面性を見ているような気がしました。二人とも現実には孤独の中にあったようですが、常に内面のもう一人の自分を探していたのかもしれませんね。
織音
2009/06/07 14:48
織音さん、コメントありがとうございます。
こういう芸術家を見ていると、狂気と真理とは紙一重なのかな、という気がします。
そういう意味で、ゲーテの時代の詩人ヘルダーリーンなども似たところがあると思います。
ヘル氏についてもいつか書きたいと思っていますが、このところ筆が重いのでいつになりますやら…
鳰の湖
2009/06/10 17:54

コメントする help

ニックネーム
本 文
夜の調べ ― ゴッホ 孤独な散歩者の夢想/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる